不倫の代償
着信を知らせるスマホが小刻みな振動で急かす。ディスプレイには登録していない一般回線の表示。仕事もプライベートも同じスマホを使っているので、普通に
「ハイ井上です」
「井上さんの電話で間違えない無いですか」中年というより初老(最低でも60代後半)らしき男の声。
形ばかりの敬語ではあるが どこか自信に満ちた話し方に スマホを持つ手に力が入る。
「井上さんご本人さんですか」念押しの言葉が続いたので、普通に本人である旨を告げると、こちらの環境なんてお構い無しに話しだす相手側。
「私は岡田勝さんの代理人になった弁護士の金澤です」
ーー きたか・・
「井上さん。あなた岡田勝さんの奥さん、岡田・・え~~、岡田佳代子さんと不貞行為を継続してますね?とりあえず、そこだけで認めてもらえますか?」
「はい、事実関係はおおよそ否認しません」
敢えて、少しだけ弁護士が使いそうな言葉で応えた。邪魔くさい駆け引きを避ける為にこちらも全くの素人では無いと思わせた方が良い。浅はかな抵抗・・。
「それでは、一度 弊所に来てもらえますか いつなら来れます?私もズッと事務所に居るほど暇では無いので」
言葉の端々に「こちらが上」を”にじませて”くる。
自分でも血の気が引いて 顔色がなくなってきているのが分かる。覚悟も答弁も準備万端なはずだったのに。
と、いうのもオレは岡田佳代子という、既婚女性と関係があった。いわゆる不倫をしていたのだ。
10日前、その佳代子から「全部バレちゃった!」と泣きじゃぐりながら聴き取るのもやっとな嗚咽混じりの声で電話があったのでおおよその察しはついていた。
詳しく言うと 佳代子の旦那に探偵を付けられて 抗う(あらがう)一瞬の隙きもないまま詰問され続けられた佳代子は認めた挙げ句に 出会いから今迄のストーリーを探偵にも暴かれなかったことまで全て話してしまった、と言うのだ。
ーーマジか!?
とは本心思ったものの、言葉にはせず 平静を装いながら最後まで話しを聞いた。電話を切ってから、間髪入れずにネットでありとあらゆる情報を検索したが。
ーーダメだ・・。逃げようが無い・・・。頭の回転の速さにはいささか自信もあるし 今まで自分の嫁以外の人間にディベートで負けたことは無かったが 今回ばかりは1mmの大義も無い。100%こちらが悪い、法的にも勝ち目は無い。
それと・・・。一番厄介なのは 佳代子のことを真剣に愛してしまっている。また 佳代子もオレ以上に愛情をもっていることは2人には十分すぎるほど確認しあえていた。
倫理に逆らっていることは分かってはいる。でも、理屈では分かっていても、恋愛感情はそれと相容れないものだと今更ながら知ることになるとは思ってもみなかった。下手に勉強が出来たので頭でっかちになっていたんだろうか・・。
欲する欲望がこれほど盲目的になるとは。実際、今も佳代子とこれから「どう会うか」を考えている自分を正当化する方法が思考を巡っている。
結果、150万円の慰謝料を支払い佳代子と別れることになったが、今も佳代子との激しく愛おしい情事を毎日の様に思い出す。佳代子とはいずれノスタルジックな思い出に変わるのか・・・。しかし、オレの頭の片隅には佳代子と再会する方法を模索している。